東京高等裁判所 昭和33年(う)1636号 判決
被告人 齊藤幸亥
〔抄 録〕
本件控訴の趣意は被告人及び弁護人遠山丙市各作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、これ等をこゝに引用し、これ等に対し次のとおり判断する。(中略)更に弁護人所論は取調官が被告人に対し神仏の道を説いたことをもつて強制である旨主張するが、なる程原審第九回公判調書中、証人疋田光衛の供述記載によれば、同人は被告人に対し親の恩、母の愛、青年の前途、神仏の神聖さなどを説ききかせたことが認められるけれども、被疑者の取調中、これに人の道等道徳に関する右程度の事柄を説明することは被疑者の心を柔わらげ、落ちつかせ、真実を述べさす作用とはなつても、これをもつて未だ自白の強制とは認められない。(中略)所論は被告人の司法警察員、検察官に対する供述によれば、雨戸の破れ穴から覗いたとき寝ていた人が判らなかつた旨の供述であるのに、原審検証の結果によれば、雨戸の破れ穴から視界に入つた物の判別は容易である旨の記載があるので、被告人の司法警察員に対する供述は信憑性のないものである旨主張するところ、被告人の司法警察員に対する昭和三〇年一〇月一二日附供述調書及び検察官に対する同年一〇月二三日附供述調書には滑川方雨戸の破れ穴から屋内を覗いた時、布団の敷いてあることは判つたが、人の寝ているのは判らなかつた旨の供述記載であるのに、原審における昭和三三年三月二七日の検証調書には所論の如き記載の存在することは明らかである。しかし乍ら、司法警察員平岡藤茂作成の昭和三〇年一〇月二三日附実況見分調書中には右雨戸の破れ穴から覗いたとき滑川方帳場の電燈による照明丈では奥座敷迄の照明は充分でなく布団の敷き延てある状態は詳明ではない。廊下から二尺二寸位の廊下に接した畳の部分は死角となる旨の記載の存することに徴すると、原審検証調書に物の判別が容易と云うのは、それがどの程度のものか必ずしも明確ではないのである。しかも被告人の右司法警察員、検察官に対する各供述調書でも、長時間覗いていた旨の供述ではないのであるから、被告人が人の寝ていたのを見落したという事も考えられる故、被告人の供述記載と原審検証調書の記載との間に右程度の差違があつたからというて被告人の供述が信憑性のないものとは直ちには認められない。
(山本謹 渡辺好 石井)